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2020年04月19日

こんな時期だからこそ感じる世界。


今の時代の戦争なのかもしれない。と思いながら子供達と下半身強化の為に朝早起きして太平洋戦争の地上戦の超激戦だった嘉数高台の階段を7本走り込み(僕は3本、、)
2日に1回ペースで頑張っています。
ここでトレーニングしてる事もあり戦争学習の為に映画ハクソーリッジを見せた。内容は嘉数の戦闘の後の前田の話だ。
僕らの時代はとにかく沢山の戦死者の魂が眠る場所として、非常に行く事自体が重い事でした。しかし久しぶりに慰霊碑に皆んなで手を合わせ何故この様な戦争が起きたのかを話した。それぞれの立場で違う呼び名の太平洋戦争、第二次世界大戦、大東亜戦争、、それぞれの国の立場で正義と悪があり、負ければ悪勝てば正義の中で今の政治や教育がある。またここでは沢山の韓国の人も兵士として亡くなっている。台湾の原住民もパプアの戦闘で沢山亡くなった。日本大義の話は置いておいて日本は敗戦国。ですが日本人からは敗戦国に匂いや雰囲気がしないのは、沖縄の人なら分かるだろう。人の痛みが分からないのは何故か?それは沖縄の犠牲の上に立ってるからである。蓋を閉じたまま魂だけが沖縄に来てる人が蓋を開けてお互いで分かち合うことが出来ればお互い成長できるはず。

京都の塔
こんな時期だからこそ感じる世界。

トーチカ
こんな時期だからこそ感じる世界。


こんな時期だからこそ感じる世界。






嘉数に投入された第62師団独立混成旅団には京都出身兵が多く(約3500名)、そのほとんどが故郷を見ずに嘉数にて戦死しているため、“京都の塔”が建てられている。この塔の建設には当時は京都府園部町長で京都府町村会会長であった野中広務が尽力し、実際に訪れた。嘉数高地を訪れた野中は戦争反対・平和への想いを強くしたという。なお、京都兵の次に多かったのが福井兵であり、約1100名。福井兵の多くは後退したが、摩文仁にて京都兵と同じく故郷を見ずに最後を迎えた。そのため、京都の塔とは違って“福井の塔”は摩文仁に所在している。62師団の8個大隊のうち、実に5個が福井県の敦賀市で編成、残り3つが京都府にて編成。その編成地のため募兵が両県地域に掛けられ京都兵と福井兵が多くいたのである。
また、朝鮮半島出身者を祀った“青丘之塔”がある。
また嘉数戦で使用されたトーチカが保存されており、小銃弾のみで破壊されたトーチカが、往時の戦いの激しさを物語っている。
公園にある3階建ての展望台から米軍普天間飛行場が遠望できる。
両軍の損害
* 日本軍:64,000人(48,000とも)
* アメリカ軍:24,000人(12,000とも)



Posted by kachimba at 15:29│Comments(0)
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